THE EPOCH TIMES

<心の琴線> 母の咳

2011年10月18日 07時00分
 【大紀元日本10月18日】「あなたのお母さんがひっきりなしに咳をしているのが聞こえるわよ。何かの病気に罹ったのか、ちょっと心配だわ」と、実家と付き合いのある近所の人から電話がかかってきました。当時、私は実家から離れた南方の街に住んでいました。今までほとんど病気を患ったことのない母がどんな健康状態にあるのか、私にはまったく想像もつきません。翌日、私は急いで母のいる実家に戻りました。

 実家に着くと、すぐに母を病院へ連れて行きました。検査の結果、母の病名は肺炎でした。発見が早かったので大事には至りませんでしたが、少しでも遅れていたら、年老いた母の身体は持ち堪えられなかったでしょう。

 母は咳をしながら、「私は大丈夫よ。数日休んだらすぐ治るわ」と、私に言い続けました。私は母の言葉を無視し、無理やり入院させました。

一週間程入院すると、母はお金がもったいないからどうしても家に帰りたいと言い張り、渋々私は母を退院させることにしました。

 私はしばらく実家で母の看病をすることにしました。母が健康になるのをこの目で確かめたかったし、ある程度自由のきく広告デザイナーだったので、実家で仕上げた仕事をパソコンから会社に送信すればいいと思ったからでした。

 10日ほど経ち、母は夜にときどき咳をする以外、他の症状は見られませんでした。病気はほぼ治ったように見受けられました。

 母を看病していた時、仕事の依頼が数件舞い込んで来たため、私はずっと深夜まで仕事をしていました。私が遅くまで仕事をするたびに、母は必ず咳をしていました。母が咳をすると、そのつど私は母の部屋に行って水を飲ませたり薬を勧めたりしましたが、逆に母に早く休むようにと言われました。徹夜で仕事をすることに慣れていた私は、母の言葉に従ったりはしません。そんな私を見て母は、「深夜に電気が点いていたら気になって眠れないし、咳も出やすいのよ」と言いました。

 それからは、母が咳をすると私はすぐに電気を消して仕事を中断するようにしました。このような状態は、急用で私が会社に戻る日まで数日間続きました。

 私は自宅に戻りましたが、母のことがどうしても気になり、帰った日にさっそく東北にいる弟に電話をかけました。「すぐに実家に帰って、お母さんが治るまで一緒にいてあげてほしいの」

 数日後、私は再び弟に電話をかけて母の様子を尋ねました。特に、母が夜中になると咳が出てくるかどうかを尋ねました。弟はなんでもないという口ぶりで、「お母さんの咳はもう治ったよ」と答えました。

 もしかしたら、弟はうっかりして母の咳が聞こえなかったのではないかしら?そう思った私は、もう一度母の様子を確かめるようにと弟に頼みました。

 しばらくすると、弟から電話がかかってきました。「お袋の咳は、姉貴が帰る前にすでに治っていたんだよ。お袋は姉貴の健康を心配して、徹夜させないために咳をする振りをしていただけなんだって…」と弟は言いました。

 私は一瞬言葉を失い、涙があふれてくるのを感じました。

(翻訳編集・暁霊) 

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