三中全会、労働教養制度をめぐって激しく応酬か=大紀元情報筋

2013年11月18日 15時44分
【大紀元日本11月18日】中国共産党第18期中央委員会第三回全体会議(三中全会)で採択された決定の全文が15日に発表され、司法手続きのないまま拘束や強制労働を認めた「労働教養制度」の廃止が決まった。大紀元時報が北京の情報筋から入手した話によると、同制度の廃止をめぐって、三中全会で習近平主席は劉雲山政治局常務委員と激しく対立したという。

 同情報筋は「習主席はテーブルを叩きながら、劉常務委員と激しく応酬していた」と話した。背後に劉常務委員ら江沢民一派による習主席の改革案への抵抗があったとみられる。

 習近平体制が発足して以来、江沢民一派が牛耳る中央政治法律委員会(政法委、公安・司法・警察などを所管する)のトップが最高指導部から除外されるなど、権限が大幅に縮小された。さらに、今回の三中全会で「国家安全委員会」と、改革を推進する「全面深化改革指導小組」を新設することによって、江沢民一派に握られた軍隊や外交、公安などの部門を習主席が直接治め、権力を集中させる格好となった。

 労働教養制度をめぐっても、双方の攻防戦は今年1月から繰り広げられてきた。1月7日、司法・公安を統括する共産党中央政法委員会のトップ・孟建柱書記は幹部会議で、年内の労働教養制度の廃止を発表し、各メディアが報じた。人民網も8日、「労働教養所は法外の地になるべきではない」と題する評論を掲載した。4月に中国財訊メディアグループ傘下の「Lens視覚」誌が「馬三家から脱出」と題する調査報道を掲載し、遼寧省大連市にある馬三家強制労働教養所で行われた拷問の数々を詳述した。しかし、一連の報道はいずれも後に取り下げられ、同制度をめぐっての上層部での攻防戦の展開が浮き彫りにされた。

 司法手続きなしで市民を最高4年間拘束できるという悪名高い同制度は1957年、毛沢東が主導した反右派闘争で弾圧された知識人らを大量に収容するためにつくられた。意のままに反体制的な市民を拘束できるという利便性から同制度は長年、温存されてきたが、江沢民時代で社会に不満を持つ陳情者、弾圧された法輪功学習者などの収容者が急増したため、労働収容所の新設や増築を繰り返した。中国司法省は2012年末現在、全国351の施設に5万人が収容されたと発表した。

(翻訳編集・高遠)


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