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7月1日、96年1月から98年7月まで首相を務めた橋本龍太郎氏(68)が死去。写真は3月、メキシコでの会議に出席した元首相(2006年 ロイター/Daniel Aguilar)

橋本元首相が死去、行財政改革など中央省庁再編に道筋

 96年1月から98年7月まで約2年半、首相を務めた橋本龍太郎氏(68)が1日午後、東京都新宿区の国際医療センターで死去した。告別式の日取りなどは未定。

 橋本氏は、厚相などを務めた父龍伍氏の死去に伴い、年衆院旧岡山2区から出馬。26歳で初当選した。当選回数は計14回。党幹事長、蔵相、通産相などを歴任した後、95年の自民党総裁選で小泉純一郎氏(現首相)を破って党総裁となり、96年1月、自民、社会、さきがけ3党連立政権下で、村山首相から後を引き継ぎ、第82代首相に就任した。

 首相在任中は、行政や財政、金融など「6大改革」を掲げ、中央省庁を現行の1府12省庁に再編する案をまとめた。外交面では当時のクリントン米政権との間で米軍普天間飛行場の返還で合意し、ロシアのエリツィン大統領(当時)とは、2000年までの平和条約締結に全力を尽くすとした「クラスノヤルスク合意」を結んだ。

 しかし、97年後半の金融不安もあり、「橋本6大改革」は道半ばで暗礁に乗り上げた。その後98年7月の参院選で自民党が大敗した責任を取って首相を辞任した。

 日本歯科医師連盟からの1億円献金隠し事件を受け、2004年7月に自民党橋本派会長を辞任。昨年8月の「郵政解散」後、9月の総選挙に出馬せず政界を引退した。今年6月に入ってから、大腸の大部分を切除するなどの手術を受けていた。



[ロイター1日=東京]

 (06/07/01 18:10)