北京大学元主任、中共関連組織から脱退宣言

2007年05月07日 09時04分
 【大紀元日本5月7日】北京大学生物学部教務室主任、副所長クラスの退職幹部・萬耀球さんは5月3日、本紙記者の取材を受け、公に中国共産党の関連組織から脱退すると宣言した。

 北京に在住する萬さんは、今年76歳。1949年に華東軍政大学に入学、1956年、北京大学生物学部に配属された。1957年に、「右派」と打倒され、強制労働収容所に21年間収容された。1978年に、名誉が回復され、北京大学に復帰、1991年退職するまで生物学部の教務室主任を勤め上げた。

 当時の中共政権の指導者・毛沢東が1955年から発動したいわゆる「革命内部に隠されている反革命分子を粛清する」運動で、萬さんは母親が「反革命分子」であるとの理由で、「隠されている反革命分子」と断定され、数ヶ月間にわたり取調べや拷問などを受けた。いわれのない「罪」を断固として認めなかったが、翌年の1956年にこの粛清運動が終わった後釈放された。

 同年秋、国務院の参事である父親の李さんの働きかけで、萬さんは北京大学生物学部に配属され、行政管理の仕事についた。そのときに、父親からは、名字を父方の李に変え、「歴史反革命分子」である母親と「徹底的に関係を断ち切る」ことを要求されたが、萬さんは堅く拒否した。1957年からの「反右派運動」で、そのことが理由となり、萬さんが右派と認定され、強制労働収容所に入れられ、21年間「労働改造」を受けていた。その後、反革命の罪を科せられさらに、2年間投獄された。釈放された後、中共当局は彼の冤罪を認め、名誉を回復したが、20数年間の給料を一銭も払わなかった。萬さんによると、全国のすべての右派は皆このように給料が支給されなかったという。

 1978年、萬さんが北京大学の職場に復帰し、1991年に定年退職するまでに生物学部の教務室主任を務めた。

 今年3月5日、萬耀球さんは、「右派」として迫害を受けていた60人あまりの知識人と連名で中央指導部に嘆願状を提出し、1960年代の「反右派運動」を全面的に否定し、被害者らの経済と精神損失を弁償するよう求めた。4月6日、萬さんは北京市で30人の「右派」と集まった。

 
4月6日、萬さんと30人あまりの「右派」知識人(大紀元)

萬耀球さんは、「私は幼いころから共産党の思想教育を受け、共産主義の理想は素晴らしい、人民の幸せを最優先にすると堅く信じていた。そのため、後に(共産党の関連組織である)共産主義青年団に加入した。しかし、後に数十年間の遭遇と実体験した社会の現実、特に中共当局の国内での殺人、数十年間の血まみれの事実、「反右派運動」「文化大革命」「六四天安門大虐殺」「法輪功への集団弾圧」などの度重なる運動の中で、被害を受けた国民への「血の借金」を作ってきた。これらの事実で、私は完全に中国共産党への見方を変えた。特にこの一年、私は心の底から、『中国共産党こそは邪教で、その罪悪は天までに溢れる』と認識し始めた」と言う。

 また、 「幸い、私は共産党に入党していなかった。精神上において、私は遠い昔中共から離脱し、この悪党を心の底から嫌っているが、今日、あえて公で(加入していた)共産主義青年団からの離脱を声明する。過去の屈辱な歴史と断絶し、共産党と徹底的に関係を絶つことを宣言する」と述べた。

 記者が中共政権からの迫害を避けるために、仮名で脱退宣言することを提案したが、萬さんは、本名で脱退すると再三に強調、「自分が精神的に解放されるだけではなく、他の人に模範をみせ、彼らを励ましたい」と説明、「大丈夫だ、私がうそを言っていない。これは私の認識なのだから。自分の命がある限り、必ず本当のことを言うと決心したのだ」と話した。

 大紀元シリーズ社説「九評共産党」について、萬さんは、「すばらしい評論だ。理論と実践の両面において、はっきりと分析している。その観点に誠に同感する」と述べた。

 また、萬さんは、「私は深い付き合いのある年配の共産党の幹部たちとは、本音を語り合っている。彼らは私の認識と同じだが、現実生活のため、公で話すのを避けている。このような友人が多くいる。多くの人が『九評共産党』に賛同している」と明かした。

 萬さんは中国共産党について以下の論点を表した。

 1.脱党運動は思想の啓蒙運動

 この運動は深い意味を有する。この方式は平和かつ理性的で、多くの民衆が覚醒させられる上、伝播の範囲が広い、皆が参加できる。少なくとも人々には、「共産党を再認識しなくてはならない。そうしなければ、解放されることは不可能」とのメッセージを伝えられる。

 もちろん、私は、ゴルバチョフとエリツィンのように、自ら権力を放棄、共産党を解散、国家の民主化を実行、政権史上におけるすべての冤罪を曝し、被害者への精神的・物質的な損害を弁償する中共の幹部が現れることを願っている。しかし、中国共産党内部からのゴルバチョフのような人物の出現はほぼ不可能だと思う。国民全体が自ら考え方を進化させ、民主の意識を強化、独裁暴政への憎悪を強めることが、独裁政権の滅亡を推進できる。

 中国共産党は必ず崩壊する。私が生きているうちにこの日がやってくるはず。共産党の独裁政権は必ず崩壊する。この悪党は自ら自分の権力を放棄しないため、崩壊するしかない。理論と実践の角度から、中共暴政は存続できない、根底から存続すべきではないためだ。私は確信している。

 2.共産党が崩壊すれば、中国は必ず良くなる

 共産党が崩壊したら、中国はさらに乱れることは絶対にない。いまよりは絶対によくなる。共産党が権力を放棄すれば、別の人が共産党よりずっと良く国を管理するはずだ。共産党はほんの一握りの人しかいない。どうして共産党は必ずほかの人よりもうまくやれると言えるのか。これまでの事実から、その悪党はなによりも残酷で、邪悪であることだけが立証済みである。

 3.中国共産党こそ、猛毒の邪教

 共産党は邪教、猛毒の邪教である。しかも本当に究極の邪気が溢れている。共産党自体は詐欺師集団。共産主義の革命は血に染められている真っ赤な巨大な罠。共産党が天下を制覇してからも、殺戮を続けてきた。これは歴史上において前例のないこと。20世紀の人類最大の災難は共産主義がもたらしたのだ。

 共産党のすべては人を騙すため。その暴力革命、政権の強奪、彼らが称している「労働者を解放するため」とはまったく違う。農民を武器代わりに利用して天下を取り、政権を強奪した後、独裁を確立した。中国での覇権主義、いや、さらに世界範囲で覇権主義を構築することは、共産党が称している「共産主義革命」の根本の狙い。すなわち、覇権で民衆を制すること。共産党は、自分たちは産業労働者を主体とする政党だと自称しているが、結果、「主人公」たちの生活が最も悲惨で、労働者の生活が最も貧困、しかも如何なる自由もない社会の弱者層と化している。

 共産党という邪教は人々の精神と思想を消滅させる。これは最も猛毒の邪教だ。マルクス・レーニン主義を用いて、人々をコントロール・改造、彼らの自由の思想を剥奪、言論と思想の自由を根底から奪った。これに留まらず、さらに人々の人権を完全に剥奪、彼らの言われるままに行動する道具に改造され、思想を持たない動物、命のないボルトにしたのだ。

 私は決して共産党を罵倒しているのではない、事実に基づいて述べてる。

 4.中共当局は中国ではない

 中共当局と中国を混同してはならない。中華人民共和国(中国共産党が名づけた国の名前)も根底から中国ではない。これは、中国で現存している専制政権に過ぎない。中国の土地で50年近く存続した暴力政権にすぎない。共和国の政権は民衆から選ばれるが、中国共産党は暴力で政権を強奪した。だから、その政権の名称すら間違っている。

 国家は領土、人口、政権の三要素に構成されているが、共産党は、「国家は機器、一つの階級が他の階級を制するための道具である。国家は軍隊や政府、警察、監獄から構成されている」と主張している。共産党の国家の定義すら通常の国と異なる。

 中華人民共和国は実質上、肉をみじん切りする挽肉機である。度重なる粛清運動で数え切れない大勢の人々が被害者となった。毎回の粛清運動は暴力で政権を強固するためのもの。いま、中共政権はこの挽肉機を用いて、職権を濫用、やりたい放題、国民を抑圧・搾取している。そのため、頑として政治改革や民主の実現、軍隊の国家化などを拒み、死んでも権力を放棄しようとしない。

 萬さんの経歴

 萬さんの父親李奇中氏は内戦中、当時有名な国民党の黄埔軍事学校の第一期卒業生で、国民党の幹部だった。そのときに、中国共産党にスパイとして買収され、国民党内部の軍事情報の収集や、高官を煽ぎ中国共産党に投降させるなどの役割を果たした。後にその「功績」が中共に買われ、1949年10月、周恩来に国務院の参事と任命され、1989年に亡くなるまでにこの職に在任していた。

 両親は彼が3歳のときに離婚。萬さんは母親に引き取られた。母親の萬柏華さんは国民党に参加していたとの理由で、1949年以降、「歴史反革命分子」の罪を着せられ、中共からの迫害を受け続けたが、1969年に耐え切れず自殺した。

 萬さんは自身のこれまでの人生を30万字の回想録「はいずり回った血まみれの道」(滾爬血腥路)に収めたが、中共当局の圧力により、同書はいまだに出版できないという。

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