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人は往々にして固定観念の枠にはめられ、これまでに学んだ知識と実際に目に見える物事しか信じない(写真・王嘉)

屋根の上の冬瓜

作者:王嘉益

 【大紀元日本11月30日】

 何年か前に新聞で読んだのですが、ある子どもが、スイカは土で育てられるのではなくて、木の上で実り成長すると言ったという笑い話がありました。都会の子どもたちの生活は大自然とかけ離れすぎており、大自然に関する知識がいかに乏しいかを示唆した話でした。この記事を読んだ人は、恐らく私と同じく首を横に振り、どう考えても「スイカが木に生えるわけないでしょう」と思うかもしれません。

 少し前に私が田舎の実家に里帰りした時のことでした。実家の近くに小さな工場の寮があり、その屋根の上に大きく成長している冬瓜を見つけました。その時、ふっと、以前読んだスイカの新聞記事を思い出しました。この時、スイカの話は笑い話ではなく、考えさせられる事に変わったのです。私たちのこれまでの知識では、冬瓜が田んぼにあることは常識でした。しかし、目の前で冬瓜が屋根の上に実っていたのです。この現実は私がこれまで持っていた固定観念を完全に覆しました。スイカの話をした子どもも、木の上で成長していたスイカを本当に見たのかもしれないと気付きました。結局、大人である私たちのほとんどは、木の上に実るスイカを見たことがなかったので、冗談だと笑い飛ばしたのかも知れません。

 人は往々にして固定観念の枠にはめられ、これまでに学んだ知識と実際に目に見える物事しか信じていません。自分の知らないことや見えないものに対して、全てを迷信だとか無知だといってあざ笑います。例えば、多くの無神論者と科学者たちが、神仏の説や宇宙に存在しうる高級生命の説を荒唐無稽な作り話とみなしているのは、現時点での科学では証明できない事であり彼らが見たことがないからに過ぎません。

 木の上で成長していたスイカにしても、屋根の上で実った冬瓜にしても、人類が作った宇宙船が太陽系へ突破することにしても、月に水が存在することが証明されたにしても、すべて私たちの現在の知識を超えるものなのです。

 すべてのことに規則があると同時に例外もあります。絶対的なことは存在しないと考えた方がよいのです。実際に目にしたものでも、蜃気楼などのように、真実でないこともあるからです。宇宙電子の時代である今日、私たちに必要なのは、新しい思惟(しい)と新しい宇宙観であり、これらを備えれば、人類は引き続き前進し飛躍していくことができるのでしょう。

(翻訳編集・豊山)


 (09/11/30 05:00)  





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