THE EPOCH TIMES

英国バイリンガル子育て奮闘記(97)フランスの小学校(2006年)

2011年07月26日 09時00分
 【大紀元日本7月26日】2年制の高校が秋に始まり、翌年4月の1日から12日まで、娘はフランスの小学校で英語を教えるという機会に恵まれた。コーンウォール州全体のフランス語の履修者から何十人かを選んで、フランスのブリタニー地方の小学校に一人ずつ送り込むミニ・アシスタントと呼ばれる制度で、州の教育局が1996年より毎年行っていた。特に面接試験があるわけでもなく、申込書に書き込むだけだった。提出後、友人たちが自分を売り込むことを書いていたのを知って「あー、やっぱり行けないよ」と嘆いていたが、ちゃっかり選抜された。地元でホームステイする日本人との交流を書いたことがプラスになったのかなと勝手に親は納得していた。

 思春期の娘は、母親に批判的な目を向け始めており、常に鋭い視線でぐさりぐさりと来るようなことばかり発していた。夫は、私が娘をまだ子供扱いしていると指摘し、大人として対応しなさいと忠告するが、一夜にして人間関係は変えられるものではない。

 そんな中で、このフランス行きは私にとっても気が休まるひとときとなった。娘は1歳の男の子と6歳の女の子のいる家庭に滞在し、別のアパートの一室を与えられたが、いつでも家に来て何を食べてもいいよ、というアレンジだった。上の子は好き嫌いが激しく、テレビばかり見ている。地元の名産はそば米で作ったパンケーキだったが、彼女は嫌い。娘もそんなに好きじゃないからいらない、とお母さんに言ったら6歳の子にすごく有り難がられたとか。

 両親とも英語は話せるが、娘にどちらの言語を使った方がいいか、尋ねてくれたそうだ。娘は、基本的にフランス語で、リモコンの使い方など大切な点は、お父さんが英語で説明してくれるようにお願いした。両親の言語を使い分けて、自分の育ったようなバイリンガル環境を意識せずにアレンジした娘に感心した。

 学校では、職員室に詰め、他の先生たちと対等に接した。ちょうどイースターの時期にあたり、イギリスではイースターをどのように祝うかなどを6歳、7歳の子供たちに説明して、一緒にカードなどを作るのが主旨だったようだ。イギリスではウサギと水仙がシンボルだが、フランスでは、羽のついた鐘が空を飛び、チョコレートをふりまく。子供たちが娘にイギリス風のイースタープレゼントを作ったようで、ウサギの絵などをたくさん持ち帰ってきていた。

 しっかりと一人前に扱われた12日間。1週間目には分からなかったフランス語が後半になって聞き取れるようになったと語ってくれた。帰りの船の中で、他のミニアシスタントと一緒になり、体験談を分かち合ったが、食事がまずい、老夫婦でつまらなかった、言葉が全く通じなかったなど、うまく行かなかったケースを聞いて、自分の楽しかった生活と比べて驚いていたようだった。

 (続く)

 著者プロフィール:

 1983年より在英。1986年に英国コーンウォール州に移り住む。1989年に一子をもうけ、日本人社会がほとんど存在しない地域で日英バイリンガルとして育てることを試みる。
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