THE EPOCH TIMES

≪縁≫-ある日本人残留孤児の運命-(12) 「裏切られた期待」

2008年02月01日 13時13分

 開拓団にきてから、自分がだいぶ成長し、多くの事を知るようになったと感じました。そして、両親がとても大変で辛抱していることも理解でき、心から母の手伝いをしたいと思い始めました。以前東京の家に住んでいたときは、祖母と姉がいましたが、いま母はお腹が日に日に大きくなり、赤ちゃんを産もうとしています。園子姉さんがいないため、私が長女の役目を果たし、母を手伝って弟たちの面倒を見なくてはなりません。お姉さんとしての責任感と自信が一気に強くなりました。

  しかし、私の心も複雑となり、母のことをすごく心配するようになりました。もし、東京へ帰る途中で赤ちゃんが産まれたらどうしようとか、途中でバス、列車、船を転々と乗り換えなくてはならない、船の上で出産すれば、ベッドも浴室もあるから、それが一番望ましいとか、いろいろと悩みました。今振り返ってみれば、私の心配通りになっていたほうが、むしろ我が家にとって最善の結果だったはずです。ただその時は、天が私に試練を与えるための暴風雨がすぐにもやってくること、そして私の如何なる心配も無用であることなどは、知る術もありませんでした。

 ある日曜日、私は母に、「母さんはいつ弟を生んでくれるの」と聞きました。私のこの突然の質問に、母は一瞬びっくりした様子でしたが、すぐに優しく「秋の収穫が終わった11月よ」と答えました。母は、「お正月前なのね。もし東京に戻ることができて、兄弟も一人増えれば、きっとおばあちゃんが喜ぶわね」という私のことばに微笑むと、畑に行って黙々と農作業を始めました。私はそのとき、長女としての自覚が芽生え、母の畑仕事を手伝わなくてはならないと思い、母の後を追って、一緒に野菜の苗を植え始めました。

 私は一つ一つ掘った穴に苗を入れる作業をしました。母にとっても、生まれて初めての農作業でした。母は農業訓練を数週間受け、指導員から苗の栽培法を教わっただけでした。ちょうどその時、指導員の盛田さんが我が家の野菜畑を通りかかり、実際にやって見せてくれました。母は非常に頭がよく、すぐに要領を掴みました。私は初めて農作業に参加しましたが、母の手助けをすることができました。私が苗を入れる籠を持ち、苗を穴に入れ、母が土をかぶせました。植え終わって振り返ってみると、苗は元気のない様子で頭を垂らしていました。母は、「農業指導員が言っていたんだけど、数日経てば元気になるそうよ。雨が降れば、すぐによくなるわ」と言いました。

偶然にもその日の夜、雨が降りました。

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