印刷版   

【エッセイ】世界で一番すばらしい「手」

 【大紀元日本6月15日】3年前、私が父と旅行に行ったときのこと。お昼時に山間の小さな町に着き、一軒の食堂に入った。店内はとても混んでおり、私たちは、子どもを抱っこした若い母親と相席になった。母親はこぎれいな身なりで、脇にはカバンが置いてあった。私たちが「ここ、空いていますか?」と聞くと、彼女はにっこりうなずいた。

 彼女は子どもをあやし、微笑みかけながらご飯を食べさせていた。その子は2、3歳くらいだろう。とても可愛く、あ~んと大きく口を開けて、お母さんがスプーンで食べさせてくれるのを待っていた。ただ、その母親のしぐさが不思議だった。彼女は、子供を右足に乗せると、両手で抱きかかえ、口にスプーンをくわえて、慣れた様子で、かがんでお皿からご飯をすくって子供の口に運んだ。初め私は、彼女が子どもを喜ばすためにわざとそんなことをしているのかと思ったが、そのてきぱきとしたしぐさから、きっと何か理由があると感じた。しかし、直接尋ねるのも気が引け、うつむいたままご飯を食べ、たまに顔を上げて二人の様子を観察したのだが、その母親の両手は別に何も問題がないようだった。

 私の父もおそらく彼女の奇妙なしぐさが気になったのだろう、彼女に話しかけようとした。そのとき、私は驚くことに気がついた。その子の服の両袖が空っぽだったのだ。私は、父の袖をそっと引っ張った。彼女はそれに気がついたのだろう。子どもにご飯を食べさせながら、その子の顔を見たままで、静かに「数カ月前の思わぬできごとでした」と話し始めた。彼女は、一体何が起きたのかは言わなかったが、その子の父親は今ふるさとを離れて浙江へ出稼ぎに行っているそうだ。この子に世界で一番すばらしい義手をつけてやるためのお金を稼ぎに行ったのだと言う。彼女は、「世界で一番いいのがほしいの」とぽつりと繰り返した。

 私はついにこらえきれずに、「でも、なぜ口にスプーンをくわえて、子どもにご飯を食べさせているの?」と尋ねると、彼女は次のように話してくれた。「この子が両手をなくしたときはまだ物心がついておらず、自分に将来どんな困難が待ち受けているのかまだ知りません。でも、この子は、一生義手を付け、口と両足を両手代わりに使わなければならない運命にあります。私はこの子の母親ですから、今からこの子に苦痛を感じさせるわけにはいきません。この子には、他の子と同じように明るく育ってほしいのです。私はこの子に、お母さんも口でいろいろなことをするんだということを見せてやりたいんです。初めはなかなか慣れませんでしたが、次第にできるようになりました。子どもは毎日、私といっしょに過ごし、私を見ているので、きっとまねをするようになるはずです。ですから、この子の前では、できるだけ口でいろいろなことをするようにしています。今ではこの子も、随分いろいろなことが口でできるようになりました」。

 「この子の歯は、大切にしてやらなければなりません」。彼女はそう言いながら片付け始めた。彼女は、慣れた様子で、子供を抱きかかえるとベビーカーに乗せ、口でテーブルを片付け、小間物を口の空いたカバンに入れ、歯で紐を引っぱってかばんの口を閉めると、その紐に頭を通して、カバンを肩に掛けた。彼女は子供に、「おじいちゃんとおばちゃんに『ばいばい』」と言うと、その子は可愛い顔を振りながら、「ばいばい」と可愛く応えた。そして、彼女はその子に何か話しかけながら、店を出て行った。

 二人の楽しそうな後ろ姿を見て、私はずっと考えていた。どこにでもいる普通の母親、でも何と偉大な母親なんだろう。

【明慧ネットより】


 (06/06/16 11:50)  





■関連文章
  • 【小説】 幼児教育(06/05/28)
  • [-小説-]約束      (05/08/06)
  • [-小説-] 1本の長ズボン(05/07/28)
  • [-小説-] 思い遣り(05/07/24)
  • 「-小説-」寛容(05/07/20)