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グローバル化の過程における中国の代償及びその問題---グローバル化における大国の迷路

北京大軍経済観察研究センター特約研究員・袁

 【大紀元日本10月12日】 編集者注:WTOに加盟して4年が経過し、中国がグローバル化に融合するプロセスが全速で推進され、“中国の脅威”、“中国の世紀”という驚きの声が上がる中で、中国がグローバル化の巨大な受益者としてのイメージもまた、より顕著なものとなっている。しかし、果たして、事実は疑う余地のないほどに確かなものなのだろうか?

 2005年12月、中国の独立経済評論家、北京大軍経済観察研究センター特約研究員・袁剣は、評論「グローバル化の過程における中国の代償及びその問題---グローバル化における大国の迷路」の中、中国はグローバル化の時代に、経済競争において競争上の優位を得るため、ネガチィブな方法―底辺競争(race to the bottom)、いわゆるどん底へと突き進む競争方法を取っているという観点を紹介した。すなわち、誰がより劣悪で、より自国の労働階層を虐待し、自国の環境破壊をより我慢する、人類文明の底辺に向かって退化する可能性を持っているかということである。

 袁氏によると、このような自国の労働階層から各種の労働保障を剥奪し、彼らの給与を人為的に引き下げ、自然環境への損害を放任し、競争における価格面での優位を得るという底辺競争の手段で獲得した、いわゆる競争力にあるものは、民族道徳の野蛮な状態への回帰である。

 袁氏の評論は発表後、中国ではインターネットで広く流布され、読者から2006年最良の経済論評文との賞賛を得た。ここでこの論評を全訳して、日本の読者に紹介する。

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 情報技術革命の強大な浸透力、及び“歴史の終わり”の普遍的イメージにより、前世紀末期におけるグローバル化の潮流は、巨大な原動力を獲得したが、その距離をものともしない拡散性を、前世紀初期におけるグローバル化と同じように論じることはできない。そこで、資本の流動、貿易及びその背後にある規則、制度の拡散の助けを借りた、世界的な資源配分という市場の理想が、人類の歴史において初めてその輪郭を現した。多少偶然の一致ではあるが、この激しく波打つグローバル化の潮流は、前世紀の80年代を起点とする中国の転換期と、時間の上で重複している。その結果、世界における資本、貿易状況は、ひとつの背景としてのみならず、現実的な力として、中国の転換へと巻き込まれていった。言い換えれば、中国の転換は、もはや閉鎖的な転換ではなく、グローバル化の深刻な要素を内包した転換なのである。中国はいま、全く未知の歴史の中にある。

 独立主権国家の自主的な力として、グローバル化は、中国の転換において、ほぼあらゆる方面に深く浸透していった。十数年前、中国人にとって夢に過ぎなかった自動車が家庭に入り込み、中国人は世界市民と同様に、遥か遠い他国で起きたニュースをリアルタイムで共有し、政府官員、学者、企業化が国際的慣例を論ずるのに熟練する時、精神面であれ、物質面であれ、また、個人の方面であれ、政府の方面であれ、グローバル化は、中国の転換の中で、既に、無形ではあるが、巨大な推進力になっていることを我々は痛切に感じるのである。政府の外にあるこうした重要な力は、中国の転換において非常に観察するに値する焦点である。 

 WTOに加盟して4年が経過し、中国がグローバル化に融合するプロセスが全速で推進され、“中国の脅威”、“中国の世紀”という驚きの声が上がる中で、中国がグローバル化の巨大な受益者としてのイメージもまた、より顕著なものとなっている。しかし、果たして、事実は疑う余地のないほどに確かなものなのだろうか?

 底辺競争による抑圧なのか、それとも要素賦存の結果なのか?

 学者や政府官員が、十数年間飽きることもなく啓蒙し続けた結果、“競争”という一単語は、ついに中国人の生活における核心的な語彙及び重要な経済哲学となった。一般の理解において、いわゆる競争とは、誰が人より優れているかを競う優位競争の過程であり、その創造を刺激し、進歩を促す効果はほぼ当然のこととされている。しかし、こうした理解においては、明らかに重要な例外が漏れている。それは、相当に多くの状況において、競争はちょうど正反対の結果をもたらしうるということである。この場合、競争参加者は、より優れたものへと変化しないばかりか、自らの道徳的拘束を緩和し、手段を選ばず競争上の優位を得ようとする。個人、グループ間の競争はこのとおりであるし、国家間の経済競争もまた同様である。

 グローバル化の時代において、国家が経済競争において競争上の優位を得る方法は大きく二つある。一つは、経済活動における科学技術、教育への投入を増やし、自国国民の福利を向上させる中で、経済活動の生産性を向上させる方法である。もう一つの反対の方法は、自国の労働階層から各種の労働保障を剥奪し、彼らの給与を人為的に引き下げ、自然環境への損害を放任し、競争における価格面での優位を得る方法である。後者の方法は、これを形容して底辺競争(race to the bottom)、すなわち、いわゆるどん底へと突き進む競争である。文字通り、底辺競争のゲームの中で、比較の対象は、誰がより優れているということでも、誰が、科学技術、教育により多くの投入をしたかということでもない。誰がより劣悪で、より自国の労働階層を虐待し、自国の環境破壊をより我慢するかということである。言い換えれば、誰が、より人類文明の底辺へと退化する能力を持っているかということである。

 底辺競争の手段で獲得した、いわゆる競争力にあるものは、民族道徳の野蛮な状態への回帰である。“どん底に突き進む競争”は、まさに、20世紀90年代以後、中国がグローバル化において実践した内容の、最も優れた隠喩である。

 中国の超低価格労働力は、これまで、中国の一部の経済学者が自慢げに語るところの、いわゆる比較優位であり続けた。米国、日本と比較すると、中国の労働力のコストは、両者の約4%前後である。こうした労働力の価格格差について、人々は、先進国との“天然の格差”として、平然と受け入れてきた。そればかりか、一部の政府官員は、これを喜ばしいこととして、中国は、ようやく、優位性を奪い取ることのできない、不思議な要素賦存を得たと考えた。しかし、詳しく研究していくと、この低廉な労働力価格は、決して“天然”でも、正常でもないことがわかる。

 中国が高度成長をした27年間において、中国GDPの成長速度は先進国の数倍であったが、賃金の伸び率は、このペースを大きく下回した。中国では、体制内における人員の賃金が堅調な伸びを示す一方、数が膨大な、最下層の労働者の賃金は、稀に見る粘着性を示している。日本が高度成長期にあった時、日本の賃金は、伸び率が米国のそれを70%上回っていたが、1980年に至って米国の賃金と並んだ。日本の賃金が米国に追いつくまでには、1950年から1980年までの30年間を要した。他方、中国経済もまた、1978年から2004年まで、30年近く高度成長を実現したが、賃金は、米国の4%程度しかない。製造業において、中国の労働力価格は、90年代になってようやく高度成長が始まったインドよりも10%低い(インドの高度成長の歴史は、中国よりも10年余り遅い)。この現象は、実に難解であるが、更に難解なのは、90年代初期から現在(中国の経済成長が最もハイペースであった時期にあたる)、中国で最も発展した珠海デルタ地区において、出稼ぎ労働者の賃金は、意外にも、この10年間で全く上昇していない。これは、世界から突出した中国の経済成長に対し、耳障りな嘲笑となるばかりか、中国における賃金の伸びに、ある種の“不自然性”があることを証明している。

 このように、賃金と経済成長が逆方向に向かう現象は、現在、既に中国最下層の出稼ぎ労働者から、いわゆる知識階層へと蔓延しつつある。ここ数年、中国経済が過熱すると同時に、中国大学卒業生の賃金が顕著に下落している。2005年初め、中国大学卒業生の賃金は、既に毎月500元~600元という超低水準に達している。人材市場で職探しに急ぐ河南財経大学の卒業生は、やるせない様子で、“これでどうやって生活していけというのか?”と語っている。こうした労働力価格の趨勢に基づけば、更に30年が過ぎた後、中国と先進国との格差はますます大きくなるおそれがある。いわゆる中国の世紀とは、民族主義の非理性的興奮が残した歴史の笑い種にすぎないものとなるだろう。

 経済が不断に成長を続け、賃金が停滞(ひいては不断の下落)する現象を、単に中国労働力の無限供給という賦存条件に帰することは非常に容易である。しかし、ここで疑問なのは、人口密度が中国を遥かに上回り、国内市場の潜在力が中国を遥かに下回る日本において、なぜこうした現象が発生しなかったのか?また、同様の問題として、数が驚異的に多い農民が身を変えた出稼ぎ労働者において、供給過剰の問題が確実に存在するというならば、中国における人口比率がごくわずかである大学生においても無限供給という状態が存在するのだろうか?労働力の無限供給という説明は、単に似て非なる、全く説得力のない浅薄な理屈であり、故意に大衆に押し付ける学術的蒙昧であることは明らかである。

 事実上、労働力価格は、単純な市場の需給関係によって決まるのではなく、政治、経済、社会、要素賦存等、様々な要因が総合的に作用した結果である。したがって、中国の超低価格な労働力もまた、決して要素賦存によって決まったものではなく、人為的な制度が影響したものである。このうち、大きなカギとなるのは、政治制度の影響である。中国において、労働力は、純粋な自然資源と見なされて使用されており、賃金について集団で交渉する権利がなく、先進国では既に当然のものとなった各種の社会権利(福利、保障等)については言うまでもない。相当に多くの場合において、彼らの待遇は、全く感情を持たない自然資源に及ばないことすらある。少なくとも、環境保護を呼びかけることは、中国においては合法的である。しかし、労働者の権利の保護を呼びかけることは、事実上非合法である。

 このため、分散した個体を為す彼らの賃金は、資本とのゲームの中で、コストの中で最も圧縮が容易な一部分となる。中国の経済成長、とりわけ90年代の経済成長において、中国の労働力価格は、簡単な再生産を維持できる最低水準へと圧縮され続けてきた。中国の沿海地区において、地方政府は、資本、特に外資に最大限迎合するため、安価で自然資源を譲渡した後に、労働者の自発的、合理的な訴えをも最大限に抑圧し、人為的に価格競争における優位を維持してきた。こうした人為的な抑圧は、中国における労働力の基準価格を極めて大きく引き下げた。おかしな教条に照らすならば、こうした極めて不正常な価格は、冒涜することが許されない、市場における“均衡価格”と見なされる。しかし、この均衡価格を覆う体制の重圧を取り除いてみれば、実際のところは全く均衡していないことが分かるのであり、この価格は、現在の水準から、現代社会の基本的文明の水準へと大幅に上昇していくのである。

 企業経営者と地方政府にとって、賃金は、必ず圧縮すべきコストであるが、労働者にとって、賃金は、必ず拡大すべき福利である。賃金の最終的な価格水準は、両者の力によるゲームの結果である。これは、典型的な政治過程であり、市場原理主義者が口を揃えて言う簡単な市場過程ではない。現在。我々に明らかなのは、中国経済の成長過程におけるあらゆる局面において、中国の労働者、特に最下層の労働者は、このゲームの最終的な結果として、余すところなく惨敗しているということである。したがって、21世紀初めの数年間において、中国のグローバル競争におけるこの“秘密”を知り、この秘密が中国の要素賦存であることに突然“発見”する者が現れた時、我々が、彼らの通り一遍な理解、結果を逆に原因とする才能に敬服しないのは、非常に困難なことであった。政治過程の冷酷な結果(労働力価格)を要素賦存の問題にするとともに、誇らしい比較優位として喜んで受け入れているのは、既に学術上の無能に過ぎないことは当然のことである。

 率直に認めるべきなのは、ある者が既に、中国の民衆の意識の中に一つの神話を作ることに非常に成功していたということである。この神話は、我々に、次のような誤解---我々は、熾烈な国際競争環境に直面しており、かりに人民の労働時間を延長せず、賃金、保障水準を引き下げなければ、彼らは失業の危機に直面する---を生んだ。しかし、実際の状況として、中国における低賃金の多くは、国内の分配における深刻な不均衡の結果である。これは、国際競争の結果でもなく、要素賦存がもたらしたものでもない。

 低廉な労働力価格によって、グローバル競争において、有限かつ脆弱なコスト面での比較優位を勝ち取ることができ、外貨準備の拡大、貿易の成長により、国家が強大であるというイメージを勝ち取ることもできる。しかし、こうした、人民の福利を犠牲にし、社会の倫理基準を引き下げることを代償として国家競争力を得る方法は、典型的な底辺競争である。ある西方の評論家が、「中国が資本主義を破壊している!」と叫ぶのももっともなことである。明らかに、彼が怪しんでいるのは、中国のいわゆる競争力ではなく、我々が意外にも、かくも易々と現代資本主義の倫理の最低ラインを超え、野蛮、冷酷な原始資本主義時代へと後退していることである。この結論については、正常な水準を遥かに上回る中国の工場における労働災害の死亡率、業務時間を見るだけで、我々に疑う余地がなくなるであろう。おそらく、こうした野蛮な力を借りなければ、著名な資本主義国の相手達を震え上がらせることはできないのであろう。しかし、野蛮な力は結局のところ野蛮であり、文明の力と長く競争を続けることはできない。

 人力(マンパワー)は、民族国家における最も重要な生産要素として、国家競争力の根本をなすものである。国家が人力資源を、簡単な再生産を行うための最低水準にまで抑圧することは、工場が減価償却費を計上しないのと同様に荒唐無稽なことである。これによって、短期において超常的な産出量を創出することが可能となっても、最終的な勝者になることは絶対にできない。一つの残酷な事実として、中国には超低価格な労働力があるが、生産性の要素を考慮すると、労働集約型製品の生産において、製造業における付加価値を同じだけ創造するために要する労働力のコストを考えると、米国は中国のわずか1.3倍相当、日本は中国の1.2倍相当である。また、韓国と比較した場合、中国の労働コストは韓国より20%高い。これが意味することは、中国が、米国、日本の25分の1近くというわずかな賃金と引き換えに得たものは、労働力コストにおけるわずかな優位であり、この優位は、いつでもその他要素に相殺されうるということである。

 FDI(海外直接投資)の背景

 グローバル化の競争環境の中で、中国が採用した底辺競争は全方位的なものであった。これは、中国のFDIにおいて突出して現れている。改革開放以来の20年余りの間に、中国が吸収したFDIは、既に5000億ドルに達している。この数字は、戦後の50年間に日本が吸収したFDIの10倍である。同時に、2002年以後、中国は米国を超え始め、FDIを世界で最も吸収した国家となった。ある者は、中国は、世界のFDIを引き付ける巨大な磁石であると語った。発展途上にある国として、中国は、短期間のうちに、世界資本主義の首都である米国を超えたのであるが、これは確かに驚異的なことであった。絶対多数の人が、このことをもって、中国の世界競争力が破竹の勢いであることの明らかな証拠と見なし、これを喜んで受け入れてきた。しかし、まさに我々が、前述の低賃金において発見した秘密と同様に、中国が世界を見下しているFDIにおいても、同様の巨大な代償が隠されているのである。低賃金にほかに、世界のFDIが押し寄せてきたもう一つの重大な原因は、中国の各地方政府が、底辺競争の方法で、自然資源、環境、市場、ひいては政府の税収を叩き売りしてきたことである。

 90年代中期以降、中国経済が現在の体制の下で内発的に高度成長を実現する原動力は、実際のところ、既に衰弱していた。こうした状況の下、外資の導入は、各地方政府が、当地の経済成長を維持するための、唯一実行可能な手段であった。また、外資の導入は、国家戦略としても、節制することなく奨励された。地方官員によって、一切を惜しまずに外資を導入することは、最小のリスクで最大の収益を得る手段であった。これが、90年代中期以降、中国のFDIが高成長した重大な背景である。しかし、あらゆる地方政府がこの秘密を熟知するとともに、これを、経済発展のための最良の方法と見なした時、競争が白熱化の方向に向かうことは避けられない局面となった。中国における外資導入の風が最も熱く吹いた長江デルタ地区においては、地方政府による叩き売り式の競争は、非常に惨烈な程度に達した。蘇州は、中国が、外資導入において最も成功し、外資導入戦略が最も発揮された模範例であった。このため、蘇州は、一連の賞賛と政治上の褒賞を得た。しかし、このために蘇州が支払った代償について言及する人は極めて少ない。江蘇省政府内部の刊行物が明らかにしたところによると、蘇州の土地開発コストは、1ムーあたり20万元であった。しかし、外資を導入するために、価格を1ムーあたり15万元に引き下げた。こうした悪性競争に駆り立てられ、周辺の呉江、寧波、杭州地区は、地価を1ムーあたり5万元前後という超低水準に抑えるほかなかった。こうした地区の近隣に位置していたことから、寸土寸金(土地の価値が高いこと)と称される上海も、この価格競争に加わった。上海郊外では、土地の価格が5万元~6万元に下落した。こうして、中国経済が不断に成長を続ける一方で、商業用地の価格が不断に下落を続けるという奇怪な現象が発生した。蘇州昆山においては、1ムーあたりの工業用地の価格が、2001年の9.5万元から2002年の8万元、2003年の6万元にまで下落した。こうした値下がりに対し、昆山経済技術開発区の責任者は、“値下げをしなければ競争力を失ってしまう”と語った。この責任者は、明らかに誠実であるが、この誠実さが、かえって、中国FDIにおける底辺競争のロジックを徹底的に暴露しているのである。

 中国のFDIにおける底辺競争は、当初、土地の叩き売りにおいて表出されたが、表出されたのは、土地のみではない。大多数の状況の下で、地方政府は、外資を導入するために、“組み合わせ”型の底辺競争戦略を採用した。これは、土地の権利の譲渡のみならず、財政、金融における補助が必要とされた。同様に、長江デルタ地区においては、“地価ゼロ、工場の建物無料、政府指定銀行による補助貸付(1:1、場合によっては1:2の比率)‘五免十減半(5年間所得税を免税、以後10年間は半免)’‘政策的ダンピング’は、既に、こうした地区における、外資導入手段の常套的な組み合わせとなった。ある者は、これを、政府の“割肉試合”と称した。当然、政府自身には、割くべき肉はない。こうした、いわゆる“肉”とは、実際のところ、自国人民の福利なのである。自国人民の福利を犠牲にして得た、FDIに関する鑑賞向けの指標は、政府官員及びFDIの投資者にとっては純収益であるが、本国人民にとっては、純粋な赤字取引である。

 こうした、中国FDIに関する真の内容が出血を伴うものであることを知れば、我々は以下の事実に直面しても驚きを感じない。GDPが全国第4位である蘇州市は、住民の豊かさの水準について多項目を比較衡量した指標を見ると、意外なことに、中国内陸部奥地にある成都市に劣る。中国FDIの、自国人民の福利水準の向上に対する効果は、この点から伺い知ることができるだろう。更に重要なのは、FDIが自国住民の収入に及ぼすマイナスの効果がまだ明らかになっていないということである。土地、自然資源が将来生み出すキャッシュフローは、全てGDPを通じて、不断に外部へと流出を続けている。中国から資産が持ち去られ、中国にGDPが残されていく、これが、底辺競争のロジックにおけるFDIのもう一つの側面である。

 ある中国の学者が、以前に、FDIの効果についてマクロの推計を行った。彼らの見解によると、FDIの投資収益を10%と仮定すると、主にFDIによって形成される国家外貨準備の投資収益率を3%であり、両者の差7%は、資本効率の重大な損失を意味する。日本と同様、中国の貯蓄率は異様なまでに高く、中国は、資本が相当に豊富な国家である。しかし、中国が改革開放の27年間において吸収したFDIは、日本の戦後50年間の10倍であり、年度の数字において、貯蓄率が相当に低い米国のそれをも上回っている。これは、実に不思議な事実であり、中国において、驚異的な資本の浪費が存在しているほか、もう一つの事実を証明している。それは、中国が大きく増加させていったFDIは政治的選択であり、非合理的な体制が作り出した、非合理的な経済的選択(官僚の利益からすれば合理的な選択ではあるが)であるということである。可笑しなことに、こうした政治的選択は、単に、人を驚かす、誇示できるようなFDIの数字を作り出しただけであった。我々がこれに対して支払った代償は、国民福利の純損失であった。これが体制による選択である以上、体制が変わらず、底辺競争戦略が許容できない段階にまで達しなければ、方向転換をするのは非常に難しい。

 ある学者が、中国の一部地方政府の2005年経済計画を研究したところ、外資の導入は、遍く“経済発展の生命線”というレベルにまで引き上げられていることを発見した。彼は、ユーモアを交え、「地方政府の活動の重点は、第一に外資の導入、第二に外資の導入、第三もまた外資の導入である」と評論している。中国の改革の時期全体を通じて、中央政府から、いわゆるプロジェクトと投資を獲得することは、地方政府官員が経済を発展させる上での最重要のアジェンダであり続けた。90年代中期以降、FDIは、こうした伝統的思考から、この他に、一つの近道を切り開いた。かりに、以前の道(中央政府からのプロジェクト等の獲得)が、投資の巨大な浪費をもたらしたというならば、後者の道(FDI)は、資産が流出するための門戸を開いたといえる。聞きなれている言葉を借りるとすれば、我々は、国際資本が狡猾、貪欲に過ぎるということに責任をなすりつけることはできない。ただ、自らが愚かすぎることに責を帰することしかできない。この体制独特の優位性は、国民の許可を経ないで自国民の福利を犠牲にする点にあるが、これが栄誉なことでないことは明らかである。ちょうど、ある評論家が論じたように、資本は、常に“労働力価格が最も低廉で、政府が搾取を保証するレベルが最も高い所に流れていく(自然環境の搾取を含む)”。利益に目ざとい国際資本がこうした体制を非常に歓迎することは全く疑うところではない。従って、彼らもまた、好んで、最廉価という賞賛をもって、我々の旺盛な虚栄心を満足させるのである。

 中国の、グローバル化競争における底辺競争の手段は、賃金を人為的に低く抑えることや、土地収益、財政収益の贈与に止まらない。環境破壊の容認、自然破壊を消耗する開発、自国市場の譲渡、本土経済への差別等の全てが、この、底辺競争の体現である。多すぎる証拠が示すように、中国は、“世界の工場”の美名を勝ち取ったが、その一方で、中国の環境破壊、エネルギー消耗率、自然資源の消耗率は、全て、人々に耐え難い段階に達している。しかし、これこそが、“世界の工場”を打ち立てるための基礎なのである。この地球上で、借金を踏み倒して返済しない途上国を見かけることはあるが、中国のように贅沢で気前のよい貧困国を見ることは少ない。毛沢東時代、中国は、損を出して喝采を得る手法で、憚りなく第三諸国を支援した。今日、中国は、同様の方法で国際資本を“無私”に支援しているが、これは、絶妙なまでに歴史と一致している。この一致のうちに、我々が目の当たりにするのは、中国の核心にある体制及び歴史の延長---本土における民間の自主的な力を蔑視、抑圧する体制と政府中心主義の戦略文化である。

 政府中心主義の誤り

 グローバル化の時代、一国の競争力は、主として、国家に属する企業が備える競争力に体現される。政府を離れた力として、企業は、政府の力よりも更に容易に民族国家の境界を越える。グローバル化の過程において、多国籍企業の巨頭が及ぼす影響が、ますます顕著になっていることは、このことを証明している。しかし、転換期全体、とりわけ90年代全般において、中国は、経済競争において、政府中心主義という戦略を固守した。この戦略は、一国の企業や人民ではなく、政府が競争の主体となるものである。この政府中心主義は、中国国内における全能の政府体制の延長として、非常に自然な結果であり、財力を最大限政府に集中させ、ある種の“調整”能力を形成し、名実相伴わない、指標によるイメージを作りだすものであった。中国は、政府による統制を基礎とする為替制度によって膨大な外貨準備を形成し、廉価で資源を売り払う手段で超高額のFDIを形成し、賃金の抑制及び財政補助によって輸出を刺激し、政府投資によって経済成長を牽引することなどを実施したが、全ては、こうした政府中心主義戦略の結果なのである。

 これら全てが、中国がよい国際的イメージを形成する上で必要なバックデータを提供したことについては、疑う余地がない。しかし、同様に、これらが、相当程度に本土企業の衰弱及び人民の貧困を代償としていたこともまた、疑う余地がない。かりに、国家だけがある種の“競争力”を備えており、その一方で企業が衰弱し、人民が貧困に陥るならば、いわゆる“国家競争力”は、朝顔の花一時の見せかけの現象にすぎない。経済発展の本来の目的は、人(の価値を)を“非常に高価値なもの”とすることであるが、中国の高度成長に伴い、人はかえって“安”くなり、ますます廉価になっている。こうした事実は、明らかに、経済発展の歪みである。おそらく、グローバル化の時代にあって、経済人的な国家官僚からすれば、民族国家の範囲をまたぐような、巨大な利益を得るためには、最貧層や全く競争力のない企業を、意図的に維持することが必要であったのだろう。

 他国とは逆に、中国は、自国市場を保護することも、自国市場をできるだけ本土企業に開放することもしていない。それどころか、様々な手段で、本土の企業、特に民間企業を抑圧している。これによって、本土企業は、本土市場がもたらす貴重な成長の機会を十分に利用できなくなった。また、これが、巨大な市場潜在力を有する中国において、26年もの長きにわたり、国際的巨頭となる企業が一つも出現しなかった原因の一つである。中国の蘇州は、グローバル化への融合が最も徹底して行われた東部沿海都市であるが、かつての80年代、中国市場において非常に有名であった4つの家電企業(四小名且と呼ばれた)は、今では全てが影を潜めてしまった。このうち、最も有名であった一社は、店舗用建物の賃貸で苦しい日々を送っている。中国商務部が2005年に発表した報告は、次のことを認めている:市場と引き換えに技術を得るという中国の当初のねらいは達成されておらず、多国籍企業は、中国において独占の兆候を呈している。しかし、中国商務部は、多国籍企業が進軍して一気に攻め込むことができた理由は、中国の官僚が、本土民間企業の競争力を意図的に弱めてきた結果であることは認めていない。グローバル化の経済力は、ただ、中国体制にある、こうした天然の欠陥を、主体的に利用したにすぎない。あるいは、グローバル化の力が、各国における体制の賦存(自然の要素賦存ではない)を主体的に利用し、世界的な資源配分を行ったのである。多国籍資本による、グローバル化における資源配分の中国におけるテストは、明らかに、成功した傑作であった。

 グローバル化における熾烈な競争の中で、“不満を持つ出稼ぎ労働者+低技術”

 を主な構成要素とする中国企業が真の競争力を備えうるのか、これは非常に想像し難い。こうした“原始”的な競争力をもってしては、中国は、アフリカに資本主義を輸出する能力しかないであろう。事実上、こうした競争力の欠乏は、中国の貿易において既に表れている。改革開放以来、中国の貿易総額は急速に増加しており、WTOの統計によると、2003年、中国の輸出入額は、既に世界第四位から世界第三位に躍進していた。しかし、貿易総額の高成長に伴い、奇怪な現象が発生した。それは、中国の輸出製品の価格が不断に下落を続け、輸入製品の価格が不断に上昇を続けているということであった。輸入製品の価格上昇と輸出製品の価格下落は、交易条件悪化の典型的な症状と認識される。ある統計によると、2002年、日本の対中輸出製品の価格は3%上昇し、対中輸入製品の価格は、18.4%下落した。この点だけでも、日本は、対中貿易において、毎年200億ドル節約していることになる。これと対比をなす現象として中国華南のある輸出工場において、扇風機、ジューサー、トースターの平均卸売価格は、10年前の7ドルから、2003年の4ドルへと下落している。この工場の責任者は、“最も安い者だけが生き残ることができる”と嘆いている。中国の交易条件が不断に悪化を続けている事実について、表面的に、中国は、不断に成長する貿易において得る利益がますます減少しているだけである。また、深層において、このロジックに符合し、人々を不安にさせる現実がある。それは、中国企業の相対的競争力は、経済成長に従って上昇しないばかりか、かえって、不断に下落を続けているということである。

 多国籍企業に象徴されるグローバル化の力は、中国の転換に深く巻き込まれていく中で、中国に、新たな経済の局面を作り出した。一方で、多国籍資本は、ブランドと文化的影響力により、中国における少数の富裕者と中産階級の絶対部分の消費力を独占した。富裕者と中産階級は、中国で最も消費能力を備えたグループであり、多国籍資本による製品が内包する文化の内容は、彼らのブランドへの欲求、ステータスを確認するニーズを満たすものであった。グローバル化の核心にあるイデオロギーとして、消費主義は、まず意識面において発生し、次に、経済面において、中産階級を民族国家の内部から分裂させ、世界の中産階級となる。したがって、多国籍資本が一旦彼らの消費能力を独占すれば、中国の市場は、実際上、民族国家の内部から移転し、世界市場の一部となるのである。

 他方、技術が簡単で、生産性が低い中国本土の製造業は、世界的な生産過剰がもたらした熾烈な競争により、多国籍資本が、これを世界生産体系に組み入れ、その世界的な生産体系の中で、簡単な組み立て、加工、部品の生産等の提供されることに成功した。このため、中国の下層労働者は、実際上、世界経済体系の最下層に変化していった。中国の階層分化が、既に、世界的な階層分化と緊密に融合していることは非常に明らかである。本国の政治体制、国際資本の二つの力を借り、中国の膨大な下層労働者の地位は、更に堅固なものとなるであろう。

 こうして、中国における単一民族国家の経済体系は、グローバル化の力によって組み込まれ、分裂、分解されている。中国中産階級の消費需要に対応しているのは、国際資本からの供給であり、中国本土の製造業は、最終的な販売ルートを掌握することができないことから、多国籍資本の組立部門へと変化している。多国籍資本にとって、こうした組立部門は、世界のどこででも探すことができる。彼らは、いつでも、コストが最も安いと考える場所を選ぶことができる。すなわち、中国の製造業が直面しているのは、自国の同業者との競争だけでなく、世界規模での熾烈な競争なのである。こうした競争は、多国籍資本が、“組立部門”の利潤を最大限圧縮することの理由付けとなる。

 中国本土最大の消費需要が、本土産業の合理的な利潤へと転換することができない場合、中国の産業競争力の高度化は、全く想像できないものとなる。言い換えれば、彼らは、相当に長い期間において、簡単な再生産を維持することができるのみであり、世界経済体系のバリューチェーンの最下層に固定され、上流には移動できないのである。しかし、これが、最も深刻な結果というわけではない。更に深刻なのは、中国に最も多くの就業機会を提供している本土製造業(他の産業も含む)が、生存が困難であり、利潤が薄く、労働者の賃金を引き上げることができないために、労働者が貧困の罠に嵌っていることである。これは、中国のマクロ経済のパフォーマンスにおいて、常に内需が不足している重要な原因の一つである。内需不足であれば、必ず外需を拡大する必要があり、外需の増加は、必ず他の貧困国との競争が必要になる。こうした競争は、再び、賃金及びその他コストの不断の引き下げを引き起こす。そして、これが、更なる内需の萎縮をもたらす。これは、抜け出すことが難しい需要の罠である。

 社会構造からみて、グローバル化の力の介入は、二元構造が基礎にある中国社会構造の分裂を激化させた。中国は、既に、本土における産業構造の転換を通じて社会構造の整合性の確保、転換を行うことができなくなっている。消費が下層の方向へと拡大していかない断絶社会にあって、その長期的な経済成長の潜在力は非常に疑わしい。合理的な推測として、次々と押し寄せるグローバル化の力は、おそらく、短期の経済成長を促進したであろうが、その長期的な発展の道を断ち切ってしまったであろう。

 グローバル化官僚の隆盛

 中国の改革開放における大部分の期間、中国の官僚は、本土経済、とりわけ本土民間経済の発展に向けた政策を遂行してきた。金融、土地等の要素資源を平等に分け合うことができない状況の下で、中国における多くの本土企業は、官僚と同盟関係を結んで多元的、短期的な戦略文化を形成するか、あるいは、唯一の優位である廉価な労働力を掘り起こし続け、これを極度にまで発揮させていった。この二つの状況は、いずれも長期的な企業の競争力を形成することはできなかった。本土経済を抑圧するほかに、中国は、外資に対し、税制面において超国民的な待遇を行った。これによっても、本土企業は、長期的に極めて不利な競争の位置に立たされた。中国本土の草の根な企業に対する蔑視の深さ、外資への優遇の多さは、非常に鮮明な格差をなした。最も広く知られた例証として、外資の税制優遇措置は、20年余り延長された後も、依然として取り消すことができていない。これに対して、中国財政部長である金人慶は、非常な口惜しさを感じており、ある会議において、彼は、次のように不満を述べた:“現在、外資企業の所得税は15%に満たないが、中国資本の企業は33%である。これは、完全に不平等である。WTOの枠組みの中で、中国資本の企業を優遇せよとは言わないが、少なくとも同等に見なす必要がある。これこそが、国民待遇である。現在、中国資本の企業の立場に立って話をする人は少なすぎ、一方で、外資企業の立場に立って話をする人が多すぎると私は思う。”しかし、金人慶は、こうした外資のみを優遇する怪現象の背後に、“グローバル化官僚”の隆盛があることを知らないであろう。

 いわゆるグローバル化官僚とは、国際的慣例に詳しく、グローバル化の視野を持ち、意識において、多国籍企業に対する理解が深い民族国家の官僚である。グローバル化官僚には、中国官僚に対して強い影響力を持つ学術団体も含まれる。こうした官僚と多国籍企業との間には必ずしも利害関係はないが、多国籍資本家階層に対し、深い文化的な理解がある。まさに、この文化上、意識上の理解により、グローバル化官僚は知らず知らずのうちに国際資本をひいきするのであるが、これこそが、グローバル化の真の力の所在である。多国籍資本によるグローバル化とは、単なる経済的な力に止まらず、更には、文化的な力でもある。この、隠れた文化の力は、外に表れた経済の力よりもかなり強大である。2001年、中国証券事務を司る。中国証監会は、意外にも、上場企業が再度のファイナンス行うに際して、必ず、国際会計事務所の“補助監査”を受けるべきであるとした。中国の会計事務所の虚偽は慣例化しており、信任に堪えることはできないが、“四大”(国際会計事務所)もまた、同様に虚偽を行う可能性がある。制度設計の失敗を国内会計事務所のせいにするとともに、差別的な政策をとるのは、相当にでたらめである。しかし、こうした施策が反映しているのは、中国のグローバル化官僚の腹の内にある文化的な自覚である。

 既に、米国の学者は次の点を見出していた:“大多数の国家及び都市において、グローバル化の意識のある官僚及び政治家の力は、既に、民族経済を提唱する側の力を上回っている。”これこそが、まさに、中国において浮上してきた力であり、金人慶が感じた(外資の代弁者的な)無形の力である。更に重要なのは、国際資本と遅れた政治文化が、いとも簡単に相互に腐食し合うということである。中国企業と比較すると、国際資本は、遍く、(母国において培われた)より健全な企業文化と商業倫理を持っている。しかし、利益の誘惑、所在国における腐敗した政治文化に駆られ、一緒になって悪事を行うことは避け難い。様々な事象から明らかなこととして、多国籍資本は、既に、経済利益のため、ますます広範に、中国官員の腐敗事案に巻き込まれている。中国政治におけるランクが非常に高い、中国建設銀行行長 張恩照の腐敗スキャンダルは、その一例である。こうした共謀が、今後中国においてますます頻繁に行われることは、全く予想が可能である。特に懸念すべきなのは、多国籍資本が“政府の捕虜”となる能力は、中国本土の企業に比べてかなり強いことである。かりに、こうした系統的な癒着が現実のものとなれば、中国の官僚企業が、“国家権力”を利用して出資を行うことで、更なる利益のおこぼれに与ることもありうる。他方、中国本土の草の根企業は、発言権を完全に失い、危険な依存的地位に置かれるであろう。これが意味することは、中国本土企業は、徹底的に、最も利益の薄い、バリューチェーンの最下層に徹底的に固定されるということである。

 以下の数字は、バリューチェーンの最下層にある企業の依存的境遇が、一体どのようなものかを直感的に明らかにしてくれるだろう:2003年、中国は53億足の靴(世界の各個人に一足の靴を生産したことになる)を輸出したが、中国企業が得ることのできる利潤は、総利潤の20%しかなく、残り80%の利潤を獲得するのは、全てブランドと販売ルートを持つ先進国の企業である。モルガンスタンレーのエコノミストは、中国が得ているのは、わずかなパンくずにすぎないと説明している。中国本土企業は、競争力が欠乏しているために次第に、付加価値が極めて低い、世界におけるバリューチェーンの最下層に追いやられている。一方、外資は、中国において、付加価値が極めて高いバリューチェーンの最上部にある輸出を独占している。1993年以後の10年間、中国の工業機械の輸出総額は20倍に増加した。しかし、このうち、外資企業の輸出割合は、35%から80%近くに躍進している。同時期、最も付加価値を体現しうるコンピュータと周辺機器の輸出において、外資企業が占める割合は、92%という絶対的な割合に達している。その他のハイテク産業における状況も、基本的にはこのとおりである。外資が中国において占める突出した高比率を占めている状況は、韓国、タイといった後発工業国の状況と比べても、相当に異常である。こうしたことから、ある研究者は中国において、既に“外資代替効果”、すなわち、正規の製造業が、外資に取って代わられるという現象が発生していると認定している。

 このように、中国は、単に、外資に対して廉価な労働力、土地を提供し、環境保護、社会責任基準が超低水準な生産基地を擁しているにすぎないのである。

 つまり、90年代以後、グローバル化の波の中で選択した急進的な底辺競争戦略により、中国は、既に、国際資本が世界経済体系の中で構築した、最も廉価で、最も広大なプラットフォームとなっていたのである。これが、中国が、大陸型経済体にして、貿易依存度が比肩するものがないほどに高いことの背景にある原因である。しかし、通り一遍の理解しかできない経済学者が、中国の自由貿易における巨大な成果に陶酔している時、世界銀行とIMFが発表した最新の研究は、彼らの頭に冷水を浴びせた。この研究の結論は、貧困国の貧困の原因は、自由貿易が欠落していることではなく、貧困国家の貿易依存度が40%を超えている---これは、富裕国の平均水準に比べて遥かに高い---ことである。これは、異様に高い貿易依存度が示していることは、国家貿易の発展の度合いでは決してなく、国家の貧困の度合いであるということに等しい。

 中国独特の体制には、次のような機能---世界の経済競争の圧力を国内に転嫁し、かつ国内最下層の人民に転嫁する一方で、国家のレベルにおいて、強大なイメージを維持する機能---がある。そして、その中の機微については、西方国家に長期間生活している人にとって理解することが難しい。したがって、様々な力強い指標の力を借りて、多く注目を集め、ひとしきりの驚嘆の声を博する時、中国は、実際のところ、一連の魔術を演じているのである。しかし、目がくらむような東方武術(功夫)の演技を一通り終えた後に、我々もまた、次第に、最大の破綻を露呈し始める。それは、我々が有しているのは、膨大な最下層の人口と、全く競争力のない本土企業であるということである。これこそが、グローバル化の未来図の背後に、我々が目にするもう一つの中国である。

 (06/10/12 09:27)