はじける夏「天神祭り」(大阪天満宮)

2007年07月20日 08時00分
 【大紀元日本7月20日】

宵宮・鉾流神事(24日)、本宮・渡御神事(25日)

 打ちま~しょう! チャンチャン
 もひとつせ~!チャンチャン
 祝おうて三度!チャチャン、チャン(大阪締め)


 今年も天神祭りがやってきます。一千有余年の伝統行事にギャル神輿が加えられて、さらに人気絶頂の盛り上がりをみせるようになりました。神輿ギャルからタレントも生まれる、過熱盛況ぶりです。都会の夕闇を彩る浴衣姿の若い男女がそぞろに闊歩して、祭りの元気を今年も演出します。

 全国に名だたる天神さんがおられる中で、どうして大阪天満宮の天神さんが豪勢に夏祭りを盛り上げてしまったのか?この謎を解いてくれた人はいません。大阪は水都宣言に相応しく縦横に河川が走って、温暖化したアスファルトジャングルに涼風を運んでくれています。昔の人の感覚から言えば、雷神様のお陰です。

 天神=雷神がもたらす水利の恵みに感謝して、いつとはなしに大阪人は暮らして来ました。水道水のにおいに最も敏感な浪花女達の激情が、天神祭りの潜在パワーの源でもあるのです。夏のこの時期に雷神が猛威を振るって荒さぶると、五穀豊穣の秋の収穫祭を滞りなく迎えることはできません。そこで先手を打って、暴風雨に姿を変える荒さぶる雷神の荒御魂(あらみたま)を宥め、恵みの雨をもたらす和御魂(にぎみたま)としての雷神の働きを祝福します。

 天満宮にお出まし願った天神様は、菅原道真公の御霊(みたま)です。平安時代には祟り神として恐れられた怨霊でしたが、天命に法(のっと)り正義の鉄槌=雷を落とす神として崇められるようになりました。道真は祟る人から、崇められる神へと昇格しました。人が神になりうる道を開闢した、歴史上最も有名な最初の人となったのです。

 冤罪によって人を貶める悪人に天罰を加え、清き心を湛える人の名誉を回復させる天神信仰が、江戸時代の寺子屋の守り本尊として掲げられたことも手伝って、庶民の心をがっちりと捉えて今日に至っています。道真は書家三筆の一人でしたから、寺子屋のお習字のお手本としてもぴったりでした。

 文章(もんじょ)博士として跳びっきりに学問に秀で、弓矢の達人でもあったという道真伝説は、日本人が好む文武両道のイデアル・モデルとして人気を博します。悲運の主人公の復活と正当な栄光を、神として祀る日本人のメンタリティーを一手に引き受けて、天神祭りは今年も賑やかに幸を振りまくのです。




【大阪天満宮】

 通称、天満の天神さん。天満宮は全国に約14000社。全国第4位の数。901年正月25日の醍醐天皇の詔によって、菅原道真(右大臣)が冤罪で九州の大宰府に配流されることになります。時の権勢を藤原一族のものにするために、藤原時平(左大臣)が邪魔者の道真を貶めた讒言によるものでした。

 道真は旅立つ前に大将軍社(今の天満宮)に参詣しました。903年2月25日、道真は不遇の死を遂げます。その後京の都では天変地異が起こり、藤原一族と陰謀に加担した重臣に、次々と世人を驚かす変死と異変が発生します。909年、37歳の若さで時平が変死すると、道真の怨霊によるものだという世評が流布します。

 930年6月26日、清涼殿に落雷があり、雨乞いの審議中だった殿上人を直撃して落命すると、醍醐天皇は恐怖に怯えて病に臥し3ヵ月後に崩御なさいました。道真公は「人から雷神」になられたのだという天神信仰が、この時に世人の中に確立しました。949年、一夜にして七本の松が、大将軍社の前に生え揃って光輝いたという噂が、村上天皇の下に届きました。村上天皇の勅命により雷神となった道真公を祭神とする天満宮が、この時に建立され今日に至っているのです。
大阪天満宮



【祭神・菅原道真(845~903年)】

 ご存知、受験と学問の神様です。神様になった人のように、努力すれば叶えてくれるという天神信仰の有り難さにすがります。道真公は藤原家の権勢を疎んじた、宇多天皇に重用されて出世しました。宇多天皇が醍醐天皇に譲位すると、醍醐天皇は藤原時平を抜擢して道真を遠ざけるようになります。政治的確執と陰謀の渦の中に、測らずも投じられた無垢な人・道真の悲運の発端です。祭神となった道真の人となりが窺える一首・・・「海ならず たたえる水の 底までも 清き心は 月ぞてらさむ」
雷神を呼ぶ菅原道真



【不思議・飛び梅伝説】

 道真は左遷されて都落ちするに先立って、咲き誇る紅梅に別離の歌を贈りました。「東風(こち)吹かば 思い起こせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」 歌に詠まれた紅梅は、一夜にして道真を追って九州大宰府に降り立ち『飛び梅』伝説を生みます。春一番を告げる梅見頃の季節ともなれば、今も参詣する人々の心の残響を揺する物語となっているのです。

【活況!天満・天神繁盛亭】

 菅原天神のご加護によって、昨年9月に上方落語界のニューホープとして颯爽と天満・天神繁盛亭がオープンすると、日本一長い天神橋筋商店街はヤマト一番のオロチの雄叫びを上げ一丸となって喜びました。よいしょと神輿を担ぐように一丸となる力の源には、天神祭りを仕切る天満宮講社の人たちの一念が常に息づいています。





【天乙女の活躍・ギャル神輿】

 正式名は「天神祭女性神輿」です。第1回ギャル神輿は1981年に初登場しました。道真は妻子を都に残して、戻ることなく散っていきました。天乙女の祝福を受けることになったのは、喜ばしいことです。天神橋筋店街が主体となって発案されたもので、浪花文化興し大当たりの一翼を堂々と担っています。

関連キーワード
^