THE EPOCH TIMES

英国バイリンガル子育て奮闘記(85)56キロのウォーキングキャンプ (下)(2003年-2004年)

2011年05月02日 07時00分
 【大紀元日本5月2日】中学3年の時のテントーズの練習で、本番の1週間前のダートモアでの予行演習とも呼べるキャンプは、最悪の天候だった。折からの大雨。寝袋にビニールをしっかりかぶせていなかったため、ぐっしょりとした寝袋での1泊はかなり不快なものだったらしい。かなり深刻な顔をして帰ってきた。そして、担当の先生に「今年は参加しません」と告げに行っていた。

 中学4年の時は、キャンプの経験も積んでおり、もっとたくましくなっていた。それでも、1週間前の予行演習は濃霧に見舞われ、目と鼻の先が見えない状態での山歩きとなった。皆が離れないように1地点から1地点に向かっての移動をしながら、ゴールに向かうというpoint to point contactという方法が実践できて、良い練習になったと担当の先生は語っていた。

 そして本番。希望者7名のうち予行で一人脱落。小さな学校だったから選抜されるまでもなく、自動的に参加が決まった。熱心な親はダートモアの近くの宿泊施設を予約したとか。本当はキャンプをしたいところだけれど、一般には解放されていないから、とぐちっていた。そこまでするの?とびっくりしながら、私の方は、インターネットで各グループの動向が追えることを知り、今は何番目のトー(山頂)までいったのかな、と時々コンピュータから確認していた。ルートは当日の朝発表になり、それぞれ与えられた10の山頂をこなすため、地図で確認する時間も与えられる。グループによってルートが異なるため、他のグループに付いて行くことはできない。

 夕方になって、「キャンプに入った」というメッセージをネットで見て、順調な運びに安心して私も寝床に入った。

 荒野は天候によって大きく左右される。2004年のテントーズは快晴の中で行われた。予行のときとは打って変わったように、自分のめざす山頂が遠方から見えてナビゲーションはさほど難しくなかったようだ。さらに欲を出して、学校の記録を破るため、翌朝は朝食抜きで板チョコをかじり、とにかく歩いて、午後5時までに到着という設定時刻を大幅に短縮し、昼過ぎにゴールに着いたとか。
 
 このゴールでは、待っている大人たちが、参加者一人一人に大きな拍手で迎え、「よくやった」「よくやった」とねぎらってくれ、思わず涙が出てしまった、とあまり感情を表に出さない娘が語ってくれた。なるほど、この感激を味わうために地元に1泊する親がいたわけだ。

 56キロの道のりは、娘にとっては生易しいものではなく、靴と靴下があわず擦れていたため、皮膚が剥けてしまい、重い足を運びながら皆に付いて行ったようだ。その後、1週間、ビッコをひいて生活していた。それでも、それぞれの山頂にいる陸軍の人たちのジョークがめちゃくちゃにおかしかったとか、楽しかった思い出をいろいろ聞かせてもらった。

(続く)

著者プロフィール:
1983年より在英。1986年に英国コーンウォール州に移り住む。1989年に一子をもうけ、日本人社会がほとんど存在しない地域で日英バイリンガルとして育てることを試みる。


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