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【漢詩の楽しみ】 春夜(はるのよる)

 【大紀元日本2月12日】

春宵一刻直千金
花有清香月有陰
歌管楼台声細細
鞦韆院落夜沈沈

 春宵(しゅんしょう)一刻、直(あたい)千金。花に清香有り、月に陰有り。歌管の楼台、声細細(こえさいさい)。鞦韆(しゅうせん)の院落、夜沈沈たり。

 詩に云う。春の夜は、まことに趣が深く、ひとときが千金に値するほどだ。花は清らかな香りがただよい、月は朧にかすんでいる。先ほどまで歌や管弦の音が響いていた高殿も、今は細い声が聞こえるだけ。人気のない中庭には、昼間娘たちが遊んだぶらんこが下がり、春の夜は深深と更けていく。

 詩の作者・蘇軾(そしょく、1037~1101)は北宋時代の政治家で、詩文や書、絵画にもすぐれた文人でもあった。流罪になった地で、自ら耕作した場所の名前から東坡居士と号したので、蘇東坡 (そとうば)の呼び名のほうが知られている。

 春の夜は、虫の音がしない。そんな静寂のなか、歌や楽器の音も今は消え、ひそやかな声が聞こえるのみ。鞦韆とは、庭の木などに下げられた「ぶらんこ」のことであるが、これは女子の遊び道具として知られる。もちろんそこに賑やかな娘たちの姿はなく、ただ夜のとばりを飾る静物として、花の香りや朧月とともに絶妙に配置されているのである。

 宋代一の詩人とされる蘇軾は、あるいは李白や杜甫や陶淵明など歴代の詩人よりも、庶民に親しまれた人物であったかも知れない。

 もともと名門の出身ではなかったようで、むしろ庶民に近い環境で幼少期から育った。彼の特筆すべきところは、そのような庶民性が、後に高級官僚になってからも変わらずに保持され、赴任地の民衆と親しく交わっていることだ。

 時は王安石(おうあんせき)が新法を掲げて、行政大改革をおこなっていた時代である。 

 新法党と旧法党との激しい対立のなかで、新法に批判的意見を呈した蘇軾は、出世から疎外された地方官の任が続いた。蘇軾の履歴を全て語る紙幅はもたないが、時に死刑を覚悟するほどの危機に晒され、また投獄も経験しながら、新法党と旧法党の勢力がシーソーゲームのように上下するにつれて、蘇軾の身も、左遷されてはまた都へ召し帰されるという繰り返しであった。晩年には海南島まで追いやられている。

 ただ、蘇軾が今日もなお衰えぬ人気を有する理由は、その文才のみならず、政治家としての誠実さが本物であったことだろう。彼は概ね旧法支持の立場ではあったが、新法の中にも評価すべきものはあると率直に述べた。

 そのことで自身が孤立することを恐れなかったのは、庶民のために良い政治をおこないたいという蘇軾の理想と使命感によるものであった。

 
(聡)
 

 (11/02/12 07:00)  





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漢詩の楽しみ  蘇軾  蘇東坡  王安石  


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