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凝灰岩の斜面に多くの穴が掘られた古墳時代末期の遺跡・吉見百穴(大紀元)

埼玉 吉見百穴 武蔵野の古代ロマン

 【大紀元日本5月31日】だいぶ以前に、貸ビデオ店の棚でふと目に留まった1959年の東宝映画「日本誕生」に興味が引かれ、借りて見たことがある。

 国生み、天の岩戸、ヤマタノオロチなど『古事記』に描かれた数々の神話が、三船敏郎をはじめ日本映画黄金時代の名優たちによるオールスターキャストで描かれていて、なかなか面白かった。52年前の映画だが、総天然色で、東宝映画千本目の記念作品ということもあり、その力の入れようは並ではない。

 天の岩戸を開く怪力のタヂカラオノ神は、当時の横綱・朝汐太郎が熱演している。三船敏郎は、スサノオ命とヤマトタケル命の二役で活躍。ヤマタノオロチとスサノオ命の戦いの場面は円谷英二の特殊撮影による効果抜群で、これを映画館のスクリーンで見たらさぞやと思った。

 前置きが長くなったが、その「日本誕生」のワンシーンに吉見百穴(よしみひゃくあな)が使われていたことが記憶にあり、いつかその場所を訪れてみたいと願っていたのだ。

 映画の中にその背景が映ったのは、ヤマトタケル命の東国遠征の場面であったかと思う。ヤマトタケル命の父は第12代天皇・景行天皇で、記録上の在位は1世紀から2世紀にかけてであるから、実際の吉見百穴とは年代がだいぶ異なる。

 もっとも、143歳まで生きたとされる景行天皇が実在したとすれば4世紀前半あたりになるらしいのだが、それでも、古墳時代末期の6世紀末から7世紀末のものと推定される吉見百穴とは、まだ時間的に差があるようだ。 

 その吉見百穴も、長く久しい歳月を武蔵野の森の中に埋もれていた。江戸時代の中頃、地元の村人には10数個の穴の存在が知られ、「ひゃくあな」と呼ばれてはいたが、それが何を意味するのか知る由もなかった。

 考古学や人類学という新しい学問が入ってきた明治になって、吉見百穴も長い眠りから覚めた。明治20年、当時東京大学の大学院生だった坪井正五郎氏によって大規模な発掘調査が行われ、230個あまりの石室を掘り出した。現在確認されている石室は219個だという。

 これらの横穴について、坪井氏は土蜘蛛人(コロボックル人)の住まいであったという住居説を唱えたが、その後の考古学の発達や、各地での横穴の発見および出土品の研究などによって、死者を埋葬する墓穴であったことが明らかにされている。

 吉見百穴にある埋蔵文化財センター職員の弓さんは、次のように語る。

 「この吉見百穴が、住居ではなく、墓穴であったことは他の考古学的研究からほぼ確認されています。小さな穴には、幼児の遺体を埋葬したか、あるいは大人であっても、すでに遺骨のような圧縮できる状態になっていたものを埋葬したと考えられます。坪井氏の発掘の時に、人骨もいくつか出土したと記録にはあるのですが、残念ながらその人骨は現存していません。中央の大和朝廷と吉見百穴との関係については、直接的な物証がないので、なかなか確定的には言えないですね」

 古代史は、はっきり分からないところが面白い。同じ吉見百穴にはヒカリゴケが自生している横穴もある。薄闇の穴の奥で、神秘的な緑色の光を放つヒカリゴケ。このコケは、中部以北の山地に見られるが、関東地方の平野部に自生しているのは極めて珍しいため、国指定天然記念物となっている。

 石段が設けられた斜面を登って、吉見百穴の丘の上に立ってみた。天気は好く、見晴らしも良い。

 国見(くにみ)という言葉がある。天皇または地方の長が、高台の上に立って自分が統治する国土を見渡し、豊穣を予祝する春の儀礼のことである。あるいは千数百年前に、吉見を統治する豪族の長がこの丘の上に立ち、同じ風景を見渡しながら天地に祈りを奉げたのかなと想像すると、一人で笑いたくなるほど楽しくなった。

 園内には、明治24年にこの地を訪れた俳人・正岡子規の俳句「神の代はかくやありけん冬籠」を刻んだ句碑が立っている。

 大正12年に国指定史跡と指定された「吉見百穴」の所在地は、埼玉県比企郡吉見町大字北吉見324。交通は、東武東上線東松山駅より鴻巣免許センター行きバスで百穴入口下車、徒歩5分。

中を見学できる穴もある(大紀元)

内部はやや広く、穴の入り口は蓋ができるようになっている(大紀元)

「神の代はかくやありけん冬籠」俳人・正岡子規の句碑(大紀元)

(牧)

 (11/05/31 07:00)  





■キーワード
吉見百穴  三船敏郎  円谷英二  ヤマトタケル  景行天皇  正岡子規  坪井正五郎  


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