THE EPOCH TIMES
医山夜話

違う法門の修煉(1)

2018年03月18日 18時00分

ボビーと私は十数年来同じ診療所に勤務し、ほぼ同年齢ということもあって仲良くしています。彼女は心理学科の医者で、時々、私達はお互いに自分が治せない患者の治療で助け合ったりしていました。

ボビーはとても敬虔にヒンドゥー教の一種を信仰していて、私にもそれを薦めました。当時の私は、食べ物に対する嗜好が捨てられませんでした。彼女の宗教は肉を禁じ、緑色野菜だけを食べるという規律があったのです。私はそれとなくやんわりと彼女からの誘いを断りました。

ある日私は、「あなたの宗教が肉を禁じている点は、理解できるわ。中国の僧侶も肉を食べないから。でも、中国の僧侶は豆の加工食品などを食べているけど、あなたたちは緑色野菜しか食べないんでしょう。冬になると、野菜の葉も黄色になるわよ」とボビーに言いました。

「あら、緑色は新鮮なのよ」と彼女は答えました。

「では、あなたたちのように緑色だけを食べるのはどの法門に帰属するのか、時間があったら調べてみるわ。あなたたちは最後にはどんな色になるのかしら。どっちみち、ニンジンを多く食べれば肌が黄色くなるんじゃない?」と私は冗談を言ったものです。

その後、私は法輪大法という教えに出会い、修煉を始めました。ボビーも私のために喜び、もう彼女の法門に私を勧誘することはなくなりました。しかし、彼女は決して私の信仰には入らないと明言しています。私も、彼女の意思を尊重しています。

私達は互いに自分の信仰があって互いに相手を尊重し、海に並んで航行する二隻の船のように、互いに干渉はしません。

彼女は年に一度、インドに行きます。ある日、帰って来た彼女は「今回、私の先生が屋上で歩いた光景を見ました」と、少し神秘めかして語りました。

「どのように上がったの?」

「椅子もはしごもなく、壁もとても高いのよ……」と彼女は誇らしげに話しました。

「あなたの目の前で?」

「そうよ。その場にいたのは私だけではないわ」

「そう……」それから、私は口をつぐみました。

法輪大法を修煉してから、私はとても早く肉に対する執着を捨てました。食べても食べなくても気にせず、ふだんも肉を食べたいとは思いません。しかしある日、私は前日の食べ残しの鶏肉を診療所に持っていき、昼食にしました。鶏の手羽先を食べている私を見て、ボビーは真面目に、「肉を止めることは修煉の第一歩なのに、これさえ乗り越えられなければ、今後の修煉はどうなるの?」と言いました。

「あなたが言っていることは、とても良いことだと思う。でも、実は執着心がなければ、満腹になるまで何を食べても構わないのよ。あなたは同意する?」ボビーは、何か考えごとをするかのような顔をしていました。

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