THE EPOCH TIMES
神韻芸術団の音楽家

神韻の歌姫 ソプラノ歌手・耿皓藍さん

2016年07月23日 01時40分

 東西の音楽を融合させることで、五千年の歴史を誇るいにしえの中国文明に新たな生命の息吹をもたらし、現代の人々に壮麗で優美な古典文化の世界を繰り広げる神韻交響楽団。

 そのプログラムには中国の王朝風典楽を題材にした神韻のオリジナル曲が多数採用されているが、クラッシック音楽の名曲や、世界トップレベルの中国人歌手のソロによる神韻オリジナル歌曲もまた、華やかな色彩を放っている。

 中でも神韻のソプラノ歌手・耿皓藍(ガン・ハオラン)さんの歌声は、世界各国の聴衆を魅了し続けている。音楽活動で多忙を極める耿さんから、歌にかける真摯な思いを伺った。

 ―ソプラノ歌手となるまでにどのような道を歩んでこられたのでしょうか?

 子供のころから歌うことが大好きでしたから、私の母は市から省までの様々な合唱団に私を参加させてくれました。その後音楽の専門教育を受けるために、芸術系の高校に進学し、卒業後は音楽大学に進学しました。私の音楽人生において一番大きな節目となったのは、2009年に参加した新唐人声楽コンクー ルで受賞したことです。それがきっかけで、私はソリストの一人として神韻芸術団に入団したのですから。

 ―優れたソプラノ歌手が備えておくべき大切なものとはなんでしょうか?

 正しい発声法と優れた理解力、そして観客の共感を呼び起こす力です。でも一番大切なことは、音楽を心から愛することでしょうね。うわべのテクニックで歌うのではなく、心を込めて歌うことが大切です。

 私の場合、舞台に立って歌詞に込められた意味を感じ取ると、私自身の感情もその歌詞と同化してしまうので、その時に歌で表現されるものは私の内面からにじみ出るものです。いつどのようなしぐさや表情を取ったらよいかを予め練習しておくことは、私にはできません。舞台に立った時から歌い終わるまでの 全ての流れは自然に生まれてくるのです。

 音楽家としてさらなる高みを目指そうとするとき、先ずは自分の道徳を高めることです。品行を正し、正直であらねばなりません。舞台を降りた時の態 度が嘘や偽善にまみれていては、舞台に立って誠実な心を表現することはできないでしょう。純粋で偽りのない気持ちで舞台に立つことで、聴衆の心を打つこと ができるのだと思います。

 ―歌っているときにどんなことを考えていますか?

 初見の歌詞はすぐに暗記せずに、まず歌詞が聴く人に何を訴えかけているのかを理解することに努めます。そして何度か歌ってみて、そこに込められたもっと深い意味を感じ取ろうとします。それから練習を通じて、歌詞に込められた意味をできる限り表現することに全力を傾けます。

 練習時に心が穏やかでなければ、どうやってもうまく歌うことはできません。心が何かにかき乱されているときは、自分の歌声が耳障りに感じます。

 通常、私は本番前に出来るだけリラックスし、なぜ歌うのかを自分自身に問いかけます。そして内面の雑念を取り払い、色々な不安や思いを払拭してから舞台に上がります。ですからステージでは、ただ歌うことだけに集中しています。

 ―神韻の声楽家の唱法が一般の歌手と異なるのはなぜですか?

 私たちの唱法は最も古典的な発声法に基づいており、これは現代のベルカント唱法とは異なっています。今のベルカント唱法は、もはや伝統的な唱法ではないのですね。神韻の声楽家は古典的な練習方法を採用していますから、私たちの発声ポジションも異なるのです。この習得がとても難しいのは確かです。なぜなら、私たちは(イタリア語ではなく)中国語で歌うのですから。

 世界で教授されているベルカント唱法が行き詰まっているのも確かです。100年前のイタリアオペラはすべて伝統的で古典的なベルカント唱法で歌われていました。ですが社会の流れが変わったことで、伝統文化や古典芸術もだんだんと失われてゆきました。そして今となっては、伝統的で正統派の唱法はもはや失われたに等しいのです。私が音楽大学で教わった唱法も現代のベルカント唱法でした。神韻に入団して初めて、自分の発声ポジションが間違っていることに 気づいたのです。

 神韻の芸術総監督は失われた正統派ベルカント唱法を正しく習得した音楽の大家です。私たちはこの総監督から最も伝統的で、正確で、最も初期のオペラ唱法をじかに教わりました。そして私たちは百年前の唱法を舞台でよみがえらせることができるようになったのです。

 これまでの音楽人生を振り返ると、私は本当に幸運な人間だと思いますし、感謝の気持ちでいっぱいになります。そして観客のみなさんに精一杯の心を込めて歌を届けようと思わずにはいられません。オペラに親しんでいる多くの観客が私の歌声を初めて聞くと、これまで聴き慣れた歌声と唱法が違うことに気づ かれると思います。でもこの古典的なベルカント唱法はすぐに皆さんに受け入れられていますね。

 ―歌声はその人の内面を映し出す鏡のようなものだと例えられますが、この言葉をどのようにとらえますか?

 私が思うに、歌うことは、歌い手の心の中やその世界観を聴く人に理解してもらうのに、とても直接的な方法ではないでしょうか。ここ数年来、神韻の公演で私は幾度もこのような体験をしました。以前の私は、どうすればもっとうまく歌え、もっとクリアな表現ができるようになるか、歌をどう解釈するか、観客を感動させるにはどうすればよいかを常に考えていました。

 神韻に入団することは、私の芸術人生にとって大きなターニングポイントで、一種の飛躍といったところでしょうか。法輪功の修煉を通して自分の精神性を向上させ、さらに年間100以上のステージからなる世界ツアーに参加したことは、人生で最も得難い貴重な体験だと思います。私がずっと追い求めてきた芸術の真の意義について新たに考えさせられました。自分が平穏で、穏やかな気持ちで歌うと、以前よりもっと多くの聴衆に感動を与えられることに気づいたのです。ですから私はもう、以前のように人を感動させることに必死になってはいませんし、他人からの評価も気にならなくなりました。これは、修煉をするよう になって一番変わった点ですね。

 ―修煉によってもたらされたあなたの変化を、私たちに共有させていただければと思います。この修煉という概念をあなたはどのように理解しているのでしょうか。

 子供のころ、祖父と祖母が法輪功を学習していました。祖母は以前体の調子が悪く、毎日十数種もの薬を服用していたのですが、修煉を始めてから見る見るうちに症状が改善され、1~2カ月たつとすっかり健康になったのです。もちろん薬とも縁が切れました。そのころ、法輪功は中国国内で爆発的な広がりを見せていて、たくさんの人が修煉を始めていました。ですからその後、中国共産党が法輪功の弾圧を始めた意味が、私には全く分かりませんでした。子供時代に理解した修煉の意味は、私の心の奥底で深い根をおろしました。それは、いついかなるときでも「真・善・忍」の原則に従って、自分がよりよい人間であろう と努力するというものでした。成長して海外に出て、自由な環境の中で逮捕される恐怖から解放され、自分の求めるものを簡単に選択できるようになりました。

 人はみな、人生の意義についてそれぞれの考えを持っていると思います。社会で名をあげ、ひとかどの人物とみなされることは人生の目的の一つでしょうし、刹那的な楽しみを追い求めることもそうでしょう。私の場合、これまで多くの宗教も指摘しているように、次のように考えています。人体は得難いもの (注)で、本物の大師と正法に巡り合うことは更に難しいことです。こうした機会は数千年、あるいはもっと長い時をかけてしか巡り合うことができないかもしれません。修煉において、己の道徳を高め、欠点を改めると、人は人間という次元から抜け出し新たな境地に達することができます。これこそがこの世に生まれてきた意味だと思うのです。

 私が歌う数多く歌曲の歌詞には、まさにこの道理が説かれており、人生の目的や私たちがなすべきことがつづられています。もし私が修煉者でなければ、こうした歌詞に込められている意味を表現することはできなかったでしょう。

 ―修煉と歌を歌うこととの関係を教えてください。

 さきほども申し上げたように、以前は人を感動させ、その曲をうまく表現することが歌う目的だと思っていたので、頭の中で色々な考えが渦巻いていました。ですが修煉を積み、心を落ち着けて歌えるようになると、だんだんと雑念が少なくなっていることに気づきました。また一人の修煉者として「真・善・ 忍」を実践していると、体の内部からエネルギーや本当の善意といったものが沸き上がり、それが声に乗って周囲に伝えられます。私はその声が本当に聴衆の皆 さんと結びついていると心から信じています。

 ―あなたの歌声はよく「衝撃があり」、「人の心を揺り動かす」と称されますが、それについてどのように感じますか。

 美しい歌声は生まれつきのものだと考える人も多いですが、いわゆる「天分」とは、「天から授かった」つまり神からの授かりものだと考えています。

 ―神韻の舞台で経験した、何か特別なエピソードはありますか?

 それはもうたくさん!劇場の照明が明るい時、観客の皆さんが歌を聴きながら涙を拭きとっているのが見えたりします。そうした光景を見るたびに、私の心も感動に包まれます。

 ―神韻交響楽団が非凡なわけはなんだと思いますか?

 神韻交響楽団の最も大きな特徴は、西洋の交響楽と中国の伝統楽器を組み合わせたところにあります。それぞれの民族の特徴をうまく融合させることで、華麗で堂々とした音楽が創造されますが、これは中国の伝統的な情緒を表現する最も完成された方法だと思います。また、聴衆の皆さんも中国の民族楽器がお好きですね。特に二胡の人気が高いですが、私自身も二胡が大好きです。

 もう一つ、大きな違いがあるのですが、形が無いので表面的に見ることはできません。それは精神的な力量です。これが神韻交響楽団から観客の皆さんに提供できる一番特別なものだと思います。ほとんどの聴衆が、さらに高いレベルから私たちの音楽を理解してくださることができると私は考えていますし、聴衆のみなさんは私たちが伝えようとしているものに、心から共感を得ることができるのだとも感じています。

 

 注「人体は得難いもの」:「人身難得,中土難生,明師難遇,佛法難聞」。これは、六道輪廻の中で人身を得ること、人身を得たとしても中土に生まれること、人身を得て中土に生まれたとしても本当の明師に出会うこと、さらにその明師が本物の正法を知っていること、この四つの難しい条件がすべてクリアされてやっと本物の修煉ができるから、修煉の機縁がいかに得難いかについて佛が語った言葉である。

(翻訳編集・島津彰浩)

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