THE EPOCH TIMES

≪縁≫-ある日本人残留孤児の運命-(42)「土地改革運動の嵐」

2008年07月19日 16時19分


 土地改革が始まったその年の冬、王冬蘭の家が真っ先に目を付けられて土地を分けられ、彼女のおじいさんは連れていかれました。話によると、彼女のおじいさんは囚われた後、ひどい拷問と殴打を受けたそうです。おじいさんは大変に年をとっていたので、拷問には耐え切れなくて、苦し紛れにこの家にあれこれ財宝があると言いました。

 ある日、私がちょうどバケツを提げて、井戸のところまで水を汲みに行こうとしたところ、突然、西の方から多くの人たちがやってきました。王冬蘭のおじいさんはその群れの最前にいて、体をロープで縛りあげられていました。その後ろには、銃を背負った人が二人、そのロープをもってついてきていました。その後には、さらに多くの人たちが従っていました。その多くの人たちのことを、私は全く知りませんでした。またこの村の人もこの群れに混じっていて、道の両脇には見物の女性や子供らがついてきていました。

 私はバケツを提げたまま、子供たちの群れに混じって後ろにつき、大通りに立って見物しました。しかし、人が多すぎて、家の中で何が起こっているのか見えなかったし、掃討隊が何を言っているのか聞こえませんでした。ただ屋内の女性が叩かれて悲惨な叫び声を上げているのが聞こえただけでした。私の心は、叩かれて悲しく泣き叫ぶ声にだんだんと身震いがしてきました。

 しばらくして、屋内の人たちは王冬蘭のおじいさんを引っ張って、役所の方に連れて行きました。掃討隊が去った後、道端で見ていた人たちは、おそるおそる部屋の中に入って行きました。私も人ごみについていってみましたが、室内は人で一杯で、何も見えませんでした。

 私は小さかったので、玄関に立っている大人たちの太ももの間から覗き見ると、王冬蘭のお母さんが地面に横になっているのが分かりました。上半身は何も着ておらず、下半身に柄物のパンツを付けているだけでした。全身を鞭で打たれて傷だらけで、手首は紐できつく縛られていて、血が出ていました。すでに失神しており、長々と地面に横たわっていました。人の話によると、彼女が身に付けていた高そうな緞子の上着とズボンは全部、掃討隊に持っていかれたそうです。室内の箱や戸棚も全部、ひっくり返されてめちゃくちゃになっていました…。

 私はこれまで人が他の人に縛り上げられ連れて行かれるのを見たことがありませんでした。ごく普通の人が、闘争で吊るし上げられるのです。そのときの光景は、幼い私の心にしっかりと刻み込まれ、半世紀経った今もはっきりと覚えています。

 養母はこの様子を目にすると、こっそりと自分の指輪、イヤリング、ブレスレットなどの貴重品を自分がつくった日干しレンガの中に隠しました。彼女はまた高そうな衣服を一つ一つ小さく包み、夜中に外に出て、棟の後ろに積まれた薪の下にそれを隠したのでした。

(つづく)

 

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