■大紀元日本 http://www.epochtimes.jp/jp/2010/01/html/d58886.html



平淡に過ごすのも幸福 (photos.com)

楽しく生きる、自分がそのカギを握る

 【大紀元日本1月16日】昨日、ネット上の女友達から次のようなメッセージが送られてきた、「自分は何をやっても、やる気がなく、いつも楽しさが感じられない。特に、仕事場で困難に見舞われる事もなく、仕事も順調だが、人生の楽しさが全く感じられない」という。

 たぶん、彼女は変わらぬ仕事場の環境、毎日が同じ繰り返しのようにひどく長く感じられ、それは疲れ果てたような感覚とよく似ているのだ。自分の人生に楽しさがなく、どうにか暮らしを立てるためにのみ働き、そしてこのような一生を死ぬまで過ごさなければいけないと思ったのだ。

 私は、以前読んだことのある作家とおばあちゃんとの物語を思い出した。

 ある有名な作家がある時、花売りのおばあさんに出会った。おばあさんはそれは質素な装いで、波瀾万丈の人生を送ってきたであろうことが一目瞭然であった。

 作家はひどく同情して、おばあさんから花を一輪買った。おばあさんは作家にお花を渡しながら、『Happy For Ever』と満面の笑顔で祝福を送った。

 作家は、老女が豊かな生活を送っているようには見えないものの、誠実な笑顔に心が温かくなり、「あなたはとても楽しく見えますが、悩みなどないのですか」と老女に尋ねた。おばあさんは、「楽しみであれ、苦痛であれ、いずれにしても一日は暮れます。面倒なことに遭ったら、その日、早めに休みます。翌朝、太陽が昇ると、自然に勇気が湧き、面倒な事にも立ち向かうことができます。生活は平淡であればあるほど良いのです。平淡な生活を過ごせることも一種の幸福です」と答えた。

 作家はおばあさんの話を耳にした後、深く感銘を受け、そのことから、創作するインスピレーションを多く得た。

 『楽しさ』と言えば、多くの人は仕事や事業が順調で、人生が幸福であることを頭に浮かべるが、実は、楽しく生きるカギは自分が握っているものだ。楽しいかどうかは一瞬のことで、日常生活の中で、それを見つけられる。平淡に過ごせることも一種の楽しさと幸福である。

(翻訳編集・李頁)